FASB(The Financial Accounting Standards Board)の議長であるRobert Herzが、Reutersとのインタビューの中で、「企業年金会計の見直しについて検討する」と発言した。12月5日、FASAC(The Financial Accounting Standards Advisory Council)が開催される予定であり、そこで、企業年金会計の見直しについて議論するということのようだ。
アメリカの企業年金(確定給付型)については、「Topics 11月23日 年金債務過少見積りの可能性」で、実際の利益率に較べ、給付債務の割り引き率が高すぎることを指摘した。それでなくても、上記Sourceで指摘されているように、既にIBM、GMの企業年金は積立不足になっているし、Fordにいたっては、今年末で62億ドルの積立不足になると見られている。
企業年金に関する会計ルールの見直しが、年金給付債務、さらには企業の財務諸表に与える影響は大きい。今のところ、Herz議長は、会計ルールの見直しの方向性や期限などについては明言していない。ルールが厳しくなると見込まれた途端、企業年金を持っている企業、大方は大企業の株価は急落することは間違いない。それだけに、議長としては慎重にことを運ばざるを得ない。
ただし、議長の意向はどうであれ、FASACのメンバーは、企業関係者に加え、会計士、弁護士、学者、金融市場のプレーヤーで構成されているため、FASACがルールを見直すとなれば、企業にとっては厳しい方向(つまりは、給付債務を現在よりは大き目に見積もる方向)にならざるを得ないと見られる。5日のFASACの議論に注目したい。
5日、とうとう、Unitedの株取引が停止されてしまった。直接の原因は、市場取引開始後、59%の下落($1.84→$1.28)があったためであるが、その急落の引き金を引いたのが、昨日のAir Transportation Stabilization Board (ATSB)の決定であった。昨日、ATSBは、Unitedの経営合理化計画、特に収入見積もりが楽観的過ぎるとして、同社が申請していた18億ドルの信用保証を認めなかったのだ。信用保証の申請に期限はなく、合理化計画を書き直して今後いつでも提出することはできるのだが、Unitedとしては、整備士労組等とぎりぎりの報酬カットをして提出した合理化計画であっただけに、今後の対応は苦しいものとならざるを得ない。
巷では、Chapter 11を早期に申請してしまった方が、合理化が早く進むという意見も出ていたくらいだ。
Unitedの動向に注目してきたのは、同社の株式の過半を従業員が保有しており、取締役会にも労組代表が出席しているためだ。(詳細は、「Topics 9月4日(2) United Air Linesの最後の頑張り」)そのように、経営に労組が直接関与しているような企業の趨勢はどうなるのか、見極めておきたいという気持ちであった。
さて、ATSBの今回の判断について、Unitedの労組などは相当反発しているようだが、ATSBとしては、どこふく風という対応であり、政府はなるべく市場に介入しないというスタンスを改めて明確にした、という程度に過ぎない。今回のATSBの決定は、反対2、期限付保留1によるものだった。そもそもこのATSBは、昨年のSeptember 11アタック後の9月22日に成立した、「航空交通の安全と安定を図るための法律」により、財務省内に設立され、航空会社への信用保証を提供する役割を担っている。
また、ATSBのメンバーは、次の通り。(名前の前の×印は反対、△印は保留の意。)
Board Membersこのうち、最初の二人は、Federal Reserveの現職と元職だ。いかにも市場信奉者であろうと思わせる職歴である。Chairman
× Governor Edward M. Gramlich, Board of Governors of the Federal Reserve SystemVoting Members
× Peter R. Fisher,Under Secretary for Domestic Finance, The Department of the Treasury
△ Kirk Van Tine,General Counsel, Department of TransportationNon-Voting Members
David M. Walker, Comptroller General of the United States, General Accounting Office
ということを書いているうちに、午後にはUAL株の取引が再開された。ただ、終値は、昨日よりも$2.12低い、$1.00。終わってしまったようだ。
UALの株価は、6日午後1時18分現在、¢82となっている。UALのCEO Glenn Tiltonは、6日午後、Chapter 11申請の可能性があることを示唆した(Reuters)。取締役会は、7日開催予定となっている。おそらくは、ここで方針が決まるのであろう。
ところで、昨日も記したように、従業員が株式の過半を有し、取締役会にも労組代表が参加しているような企業の経営はどうなっていくのか、というのが私の関心事であった。それに答えてくれるかのような記事があった。それらで紹介されている従業員の恨み節を列記しておくこととする。もちろん、これらが全UAL従業員の代表的な声でもないし、労組が認めている訳でもない。しかし、いかにもそうだろうな、という肉声が紹介されているので、参考になると思う。
"United in Name Only" (Washington Post)
"How UAL stock plan betrayed employees" (Daily Herald)
- 今の経営苦境は、マネジメントのミスであり、賃金カットで倒産が避けられるわけではない。
- 整備士達は、UALで職を失うことを恐れていない。自動車工場その他でいくらでも職を見つけられる。だから、これ以上の賃金カットは認めたくない。
- 整備士労組の上部団体である"the International Association of Machinists(IAM)"は、我々整備士の考え方を正しく代表していない。UALとの交渉で、8年間も賃金が上がっていない。一体何をしているのか。
- IAMは上部団体であり、現場の労組ではない。彼らは、自分達のことばかり面倒を見ている。彼らは6桁の所得を得て、ただじっと座ったまま、我々の5桁の賃金の削減について交渉している。
- ダレス空港の整備士達は、会社と労組の長年の紛争に疲れており、早く破産申告した方が、もっとうまくいくのではないかと思っている。
- 賃金カットの代償として55%の株式を獲得したものの、UALとの取り決めで、株主権の行使ができない。この取り決めは誤りであった。また、株価もこれだけ低迷してしまっては、何の財産にもならない。
どうも推測するところ、従業員が55%の株式を保有していたものの、従業員の意向を取締役会の議論に反映できていなかったようだ。となれば、上記にもあるように、労働組合が従業員の意見をうまく吸収できていなかったのではないだろうか。
- ある整備士が保有しているUAL株は、一時は12万ドル以上の価値があった。それが今では、紙くず同然だ。
- Enron同様、DCプラン(ESOP)での自社株への投資割合は高かった。しかし、これもEnronと同様、退職前に自社株を現金化したり、売却したりすることは認められていなかった。従って、彼らにはなす術がなかったのだ。
- UAL株は、賃金カットの代償として拠出されたものだったが、整備士達はそのようなプランには参加したくなかった。
- 最近、ESOPの管理会社であるState StreetがUAL株を売却した。この売却に怒る従業員もいたが、なぜ今まで売却しなかったのかと疑問に感じている従業員もいる。
9日朝早く、UALがChapter 11を、シカゴの破産裁判所に申請した。破産規模では歴代TOP 10に入る大規模なものとなるそうだ。
様々な観測記事によると、組合員からも代表が出ている取締役会はいずれ解散、総入替となる見通しだ。また、破産裁判所からは、ATSBに提出した人員・賃金削減案よりももっと厳しい案が提示されると見られる。さらに、UAL株の55%を保有しているESOPプランも廃止になると予想されている。
今後は、債権者や従業員との間の未払い債務に関する交渉が始まる。これからのプロセスは、EnronやWorldComと同じになるだろうが、厄介なのは、過半数の株を従業員が保有していたという点である。EnronやWorldComでは、経営と従業員は、はっきりと分かれていて、経営の責任の追及先は明確であった。しかし、今回のUALでは、取締役会に労組代表が入っているわ、ESOPプランで過半の自社株を保有しているわで、責任の所在を明確にするのは難しい、というよりも、従業員の中での内輪もめになる可能性がある。
1995年に、賃金削減と引き換えに経営参加を目指したUAL従業員の試みは、結果的には失敗し、Chapter 11に入ってもなお、後を引きずることになりそうだ。
まだ報道しか見ていないなので、どこまで正確かはわからないが、上記Sourceによれば、先週5日に開催されたFASACで、FASBから、『今月後半に開催するFASB会合(12月18日?)で、年金会計ルールの見直しについて議論する』とのメモが提出されたそうだ。また、FASBからは、政治から寄せられたクレームとして、Robert Matsui 下院議員(D-CA)の意見も紹介したようだ。
Matsi議員は、昔から企業年金に対して非常に保守的な立場を貫いており、公的年金でも、個人勘定創設反対の旗頭となっている。
少しのんびりと構えていたが、見直し議論が早急に進む可能性が出てきた。
UALの破産に伴い、ESOP(Employee Stock Ownership Plans)の存在意義、労組の経営参加の是非について論考する記事が、見受けられるようになって来た。
ESOPは、企業年金の憲法ともいえるERISA(退職者所得確保法、Employee Retirement Income Security Act)で認められた、企業年金プランの一つである。制度化された狙いは、当時頻繁に起きていた労使間の紛争を抑制し、労使が経営面で協力するためのインセンティブを導入することにあった。さらに、80年代、M&A華やかなりし頃、敵対的買収への対抗策として注目され、大きく伸びた経緯がある(「Topics 2002年2月5日(2) 401(k)プラン改革 大統領提案(その3)」参照)。
とはいっても、ESOPに加入している従業員の割合は、全米の労働者のほんの数%に過ぎない。全米で11,000ほどのプランがあると言われているが、その多くは、中小企業や非公開企業ということだ。
UALの破産により、ESOP不要論が盛り上がってくるだろう。しかし、冷静に上記のようなESOPの利用状況を考慮すれば、UALのように、8万人の従業員を抱えるようなスーパー大企業の経営に関してESOPや労組の取締役会参加がどれほどの意味を持つのか、という論点で検討すべきだろう。UALをもって、すべての企業にESOPは要らない、とか、労組の経営参加は無意味という判断するのは早計だと考える。
ポイントは、下記の資料の中で、いみじくもPaul Whiteford氏が述べているように、「経営はステークホールダーにできるだけ情報を提供し、ステークホールダーは会社の利益を最優先に考える」という姿勢が、経営、従業員(または労組)にあれば、どのようなガバナンス構造になっていても、成功していくのではないだろうか。ESOPの是非論は、単にそのためのツールの功罪を議論しているのに過ぎない。
以下、UAL破産に伴い発表された資料、記事等で面白そうなものをクリップしておいた。ご参考まで。
- "The Myth of Employee Ownership" Bruce Bartlett, Senior Fellow, National Center For Policy Analysis
ESOP制度は、左派からみた意義(労働者による生産手段の所有)も、右派からみた意義(労組を経営に参加させることで要求を緩和させる)も失ったと主張する論文。ESOPの歴史を簡単に辿ることができ、わかりやすい。- "Owner Role Always Tense for United Employees" Greg Schneider, Washington Post Staff Writer
労組の経営参加という壮大な実験は失敗に終わった。ここから学ぶべきことは何かという視点からのルポ。"Employee control requires culture change. Management has to learn to be open and employees have to learn that the company's interests have to come first. Maybe sometimes you can't get a healthier contract if the company is not doing so well." というPaul Whiteford氏(UALパイロット労組を代表して取締役会に参加)の発言は、涙を誘うほどの説得力がある。- "Bankruptcy Information and Commonly Asked Questions"(pdf) Association of Flight Attendants, AFL-CIO, United Master Executive Council, Communication Committee
さすがに労組が強力なだけあって、こういう情報はすぐに提供される。アメリカの倒産法制の実情を理解するのに便利で実際的な資料。EnronやWorldComの場合とは異なり、UALと労組の間に労働協約が存在し、その存続の是非を巡る攻防(「Topics 8月27日 Chapter 11と労働協約」参照)が予想されるため、議論の動向を注視しておきたい。なお、この労組は、自らのWebsiteで、UAL破産に関する情報を提供している。- "Key Developments in United History" AP
United Air Linesの年表。
(12月10日夜に追加)
- "ESOP's fable" Boston Globe
ESOPの現状、UALのESOPプラン創設の経緯などが説明されている。この記事では、ESOPプランは小規模企業、株式未公開企業に有効、と記している。- "Employee stock ownership experiment flopped at United" Chicago Tribune
ESOPが問題になった他社の例も示している。
(12月17日に追加)
- "Don't blame ESOPs for United bankruptcy" AP
UnitedのESOPプランがうまくいかなかった理由を解説している。結論は、Unitedのケースだけで、ESOPはだめな精度と決め付けることはできない、ということ。
(12月18日に追加)
- "Employees own Wharton packaging company" Daily Record
ESOPがうまくいっている企業の紹介。だんだんこういう記事が多くなっており、かなり冷静な議論が行われるようになっている。
(2003年1月8日に追加)
- "Saving United Airlines: A Labor-Intensive Proposition " Wharton School
労働組合の存在がUALの再生を阻害する可能性があると指摘している。- "What Happened at United?" Beyster Institute
UALのESOPは、そもそもの制度設計と設立目的が悪かったのであり、悪例の一つとして説明している。